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兵法者と武将の両立

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海道龍一朗さんの『真剣―新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱』は新陰流の流祖上泉伊勢守秀綱(のちに信綱)の生涯を描いた時代小説である。この作品でとくに素晴らしいのは、兵法家としての信綱だけではなく、武将としての信綱がしっかりと描かれている点にある。

信綱は、上州勢をまとめる長野業政の与力として、北条家が占領した大胡城攻めでは、一騎で多くの敵に立ち向かい武将として出色の活躍ぶりを示す。考え抜いた末に義を尽くしたその出所進退ぶりも見もの。

松本備前守、愛洲移香斎、北畠具教、柳生石舟斎、小笠原長治など、信綱と同時代の人物には、豪族、武将の家に生まれながら、兵法家として名をなした人物が何人かいる。常に戦場に身を置く武士としては、兵法は必要不可欠なものではあるが…。

兵法の極意は「戦わずして勝つ」ことである。命を一刀両断にしてしまう剣を極めることは、自分が明らかに強いとわかれば、あからさまな弱者に剣を振るわないという禁欲がある。いわば活人剣が真髄。ところが、武将としては、強きものだけが残り、弱き者は滅する。誰かが死ななければ、自分が死ぬ。

兵法者と武将を両立することは、異なる価値観を併せ持つことで、内部矛盾を抱えることになる。上泉信綱が晩年、武将としての地位を捨てて兵法者を極めようとした動機なのだろう。同じ考えからか、柳生新陰流の正統が石舟斎から、幕府で政治・政争に没入する息子の宗矩ではなく、孫の尾張柳生家の兵庫助利厳に伝えられたことになった。

真剣―新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱 (新潮文庫)

真剣―新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱 (新潮文庫)