『其の一日』を読み終える。「立つ鳥」をはじめとする四編とも佳品ぞろい。「蛙(かわず)」は、四千石の旗本藤枝外記教行(ふじえだげきのりなり)と妻弥津、先代当主の妻で教行の義母本光院の三者の関係がスリリングで、時代小説にラブロマンスの要素を持ち込んだ作者の特質がよく現れている作品。
「小の虫」は、戯作者恋川春町こと、駿河小島藩御年寄倉橋寿平の嫡男で十五歳になる寿一郎が、父の死の謎を知った一日が描かれている。恋川春町は、邯鄲の夢をモチーフにした『金々先生栄花夢』で一躍有名になった黄表紙作者。松平定信の寛政の改革を風刺した『鸚鵡返文武二道』が、お上のお咎めを受けることになる。駿河ゆかりの春町(寿平)に着目したことが、静岡出身の作者らしい。ちなみに、恋川春町というペンネームは小石川春日町に屋敷があったことに由来するそうだ。
「釜中の魚」は、桜田門外の変を大老井伊直弼の密偵で、かつて愛人でもあった可津江(村山たかという名でも知られる)の目で描いた短篇。女性の目という細やかな視線で事件に迫り、興味深い。桜田門外の変と女密偵というと、加野厚志さんの『女陰陽師』も思い出される。
タイトルには「鳥」「蛙」「虫」「魚」と生き物の名が含まれて、「ある一日」を取り上げた主題のほかに、連作性を感じさせる。解説の阿刀田高さんも指摘されていたが、このテーマなら、いろいろな事件や人物が描けそうで、ぜひ、第二弾を書いてほしい。また、四編とも短篇だけでなく、長編でも読んでみたいと思わせる素材ばかりだ。
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