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リストラ男と『いっぽん桜』

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通勤の電車の中で、山本一力さんの『いっぽん桜』を読み始めた。山本さんというと、深川を舞台にした人情時代小説の名手として知られるが、表題作の舞台も深川である。

主人公の長兵衛は門前仲町の口入屋(奉公人の斡旋業)井筒屋の番頭で、五十四の歳まで四十二年間、仕事一筋に店に忠誠を尽くしてきた。その長兵衛が店の若返りのために、主人より隠居を言い渡された……。

努力して出世して、仕事に自分のアイデンティティを持つ中年男にとって、「定年」前の退職は重いテーマである。雇用の流動化が進む現在、リストラは他人事ではない。そんな思いを抱きつつ本書を読んだ。

主人公の長兵衛の店に対する思いや、仕事への矜持、失業による喪失感に共感ができる。中高年に課せられた厳しい現実を描くだけでなく、明日を生きるための糧になる部分まで描かれていて、第二の人生を送る人へエールにもなっている。読み味のいい短篇である。

この作品集には、表題作のほかに、「萩ゆれて」「そこに、すいかずら」「芒種のあさがお」という花の名がタイトルについている3編の短篇も収録されている。通勤時にささやかな楽しみができた。

江戸のリストラを描いた作品としては、美濃大垣藩の「延享の永御暇(ながおいとま)」を描いた、澤田ふじ子さんの『火宅の坂』がある。江戸時代の中期以降、身分制がはっきりしていて、武家でも商家でも雇用が固定化され、忠義の精神が一般化したためか、リストラ自体が少なかったのか、時代小説で描かれることは少ない。

いっぽん桜 (新潮文庫)

いっぽん桜 (新潮文庫)

火宅の坂

火宅の坂