『アームストロング砲』は、英国のアームストロング社が開発したアームストロング砲を輸入し、その2年後に日本で初めて製造した佐賀藩のプロジェクトXを描いた短篇。長州藩や薩摩藩が尊皇攘夷や倒幕で燃え上がっている中で、中立を守り、ひたすら西洋風の富国強兵に向かった佐賀藩の存在が面白く、引き込まれた。
産業開発のために藩の秀才を選抜し、英語、数学、物理、化学、機械学を学ばせ、彼らに極端な勉学を強いた藩の老公鍋島閑叟(なべしまかんそう)の、「勉学は合戦とおもえ」ということばが凄い。また「いまは元亀天正の戦国時代ではない。家に忠義をつくそうと思えば夜の目も寝ずに理化学をまなべ」とも言う。
その一方で、佐賀藩には「武士道とは死ぬことである」という葉隠の強烈な教えがある。主命にそむくことは論外という環境の中で、優秀な藩士たちが火の玉になって、科学技術に向かう。その熱気が物語からふつふつと伝わってくる。
明治維新で薩長土肥が幕府の高官を独占したが、なぜ「肥」が四強の一角を占めるに至ったのかがようやくわかった気がする。人的な倒幕活動による貢献よりは、最先端の科学技術力に裏打ちされた洋式軍事力を背景に優位なポジションについたといえる。この短篇で描かれているように、彰義隊を数刻で鎮圧したのも、佐賀藩のアームストロング砲であった。
江戸前期の葉隠武士を描いた傑作というと、『死ぬことと見つけたり』がある。幕末の佐賀藩を描いた長編時代小説では日本初の蒸気船を作った佐賀藩士佐野栄寿(常民)の活躍を描いた『火城』があるが、また読み返してみたくなった。
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