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レスラーじゃない上田馬之助

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司馬遼太郎さんの『アームストロング砲』に収録されている「斬ってはみたが」という短篇に、上田馬之助が登場する。上田馬之助といっても、「まだら狼」のニックネームを持ちヒール役として活躍された元プロレスラーの馬之助さんではない。馬之助さんは、1996年に交通事故で脊椎損傷の重傷を負いリングを去られたそうだ。

司馬作品に登場する馬之助は、鏡心明智流の桃井春蔵の高弟で、慶応二年に新両替町の料亭「松田」で起こした喧嘩の末の斬殺事件で、幕末を騒がした人物。喧嘩の相手は天童藩剣術指南役の中川俊蔵とその弟子伊藤慎蔵。馬之助は、狭い階段の三段降りたところで、「右手は壁、左手ははめ板、とうてい抜刀できる余裕がない」ところで抜刀する。限られた紙数の中で、剣における無心の境地を描き印象的な一篇である。

最近、司馬さんの初期の短篇が気に入っている。『アームストロング砲』には、新選組から題材をとったもののほかに、幕末の関西を舞台した話がいくつか収録されていて、江戸とは違った空気が楽しめる。「侠客万助珍談」に登場する鍵屋万助もやることに何ともいえないおかしさがありながらも、ゼニはしっかり稼ぐという関西人の典型のようなキャラクターで面白い。

新装版 アームストロング砲 (講談社文庫)

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