荒崎一海さんの『闇を斬る―直心影流龍尾の舞い (徳間文庫)』は、期待に違わぬ傑作剣豪小説で、読み味がよく一気に読み終えた。
主人公の鷹森真九郎は祝言をあげたばかりの雪江を連れて故郷を脱し、江戸に居を移した。ともに今治藩の上士の家に育ったということもあり、鍋や釜などの世帯道具もなしに長屋の裏店に暮らし始めた。その世帯じみていないところ、雪江の初々しい新妻ぶりや、真九郎の愛妻家ぶりが何ともほほえましく好感がもてた。
作品の最大の魅力は、真九郎の振るう直心影流のチャンバラシーン。
正面に朝日がある。陽射しに対するのは不利だが、真九郎は動かなかった。
河原を、涼気をとどめた朝の風が、春の草花をなびかせながらとおりすぎていった。汗がひいていく。もう一度風がきた。
四人がさいころの五の目のかたちになった瞬間、真九郎は身をひるがえして左後方に走った。眼の端で、左前方にいた浪人が飛びだすのをとらえた。
正面にいた大柄な浪人は、青眼に構えたまま動かずにいる。受けに徹し、助勢を待つ気だ。
「ヤエーッ」
間合いに踏みこみざま、裂帛の気合を放ち、撃つとみせかけて切っ先に弧を描かせ、下から敵の刀を弾きあげる。
返す刀で、上段から左肩口を狙う。
が、真九郎の太刀筋が疾すぎた。弾かれた刀と上体をもどしかけた大柄の頭が刀身の真下にきた。真九郎は渾身の力をこめた。まっ向から面を割る。
ガツッ。
刀が額に食いこんだまま止まった。
背中を、剣風が襲った。
(p.164)
まさに息をつかせない迫力だ。また、
刃を外向きにして刀身を右肩にかつぎ、左手で鞘を握って朝の陽射しをあびている河原に駆けおりる。
(p.161)
といった、ちょっとした記述にも目配りがされている。
佐伯泰英さんの『居眠り磐音 江戸双紙』シリーズを想起させるところもあり、次回作が楽しみな剣豪作家の登場である。
- 作者: 佐伯泰英
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