『あなたの胸で眠りたい―長安遊侠伝 (集英社文庫)』などの、中国を舞台にした時代小説(和製武侠小説)を数多く書かれている藤水名子さんという作家がいる。ちょうど、読み終えたばかりの『斬られ権佐 (集英社文庫)』で、解説を書かれていた。同世代のせいか、作品に関連したTVドラマの話に「ウンウン」とうなずきながら、共感を覚えた。また、時代小説のファンでもあり、アンソロジーを編集されたということで、それもぜひ読んでみたい。
『斬られ権佐 (集英社文庫)』は、惚れた女を救うために、八十八の刀傷を負った仕立て屋で、与力の小者を務める、権左が活躍する人情捕物帳。捕物を扱っているとはいえ、人情派作家の宇江佐さんらしく権左とその妻で女医のあさみ、娘お蘭を中心とした家族の物語となっている。
実は連作形式の物語の終盤で、読みながらボロボロと涙がこぼれてしまった。一途に人を思う主人公の姿にジーンときた。とはいえ、本を読んで泣くなんて大の男がみっともない。家人の留守中で良かったとも思っている。
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「申し訳ありません。あたしのために数馬様にまで傷を負わせてしまい……」
「いや、それは済んだことですので、今では何とも思っておりませぬ。しかし、わしの腑に落ちないのは、あなたの選んだ相手が、よりによって権左であるということです」
「それは以前にもお話し致しました」
あさみは、少しうんざりした表情で言った。
「得心できませんな。おっこちきれた、などと蓮っ葉女のような台詞お言われただけでは」
「でも、そうとしか言いようがなかったのですもの」
…
(p.160)
「おっこちきれた」とは、ぞっこん惚れたという、江戸時代に若者の間に流行していた言葉だそうだ。読了後の読者こそ、切なくもハートウオーミングなこの物語に、おっこちきれたのである。