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時代小説に出てくる江戸の名物・店

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江戸の昔から明治初頭を舞台にした時代小説に描かれていて、現在も伝統を守っている老舗がある。以前に、「時代小説SHOW かわら版」で、豊島屋の白酒を取り上げたら、豊島屋本店の吉村俊之さんから現在も営業を続けている旨、メールをいただき、大変驚いたことがあった。作家の佐伯泰英さんも、豊島屋を舞台に『鎌倉河岸捕物控』シリーズを著された後に、はじめて豊島屋本店が今も江戸の伝統を守りつつ、現代にあわせた営業をされていることを知ったそうだ。

長命寺の桜餅(ちょうめいじのさくらもち)】
時代ミステリーの分野で活躍する永井義男さんの作品には、『夜鷹殺し 闇の平仄』の漢学者・寺門静軒、『大江戸謎解き帳』の蘭方医・長崎浩斎など、実在した文化人を探偵役に据えたものがある。『将軍と木乃伊』も、国学者・山崎美成(やまざきよししげ)を主人公に描き、脇役に滝沢馬琴、谷文晁(たにぶんちょう)らを配し、事件の背景に、文化文政期の爛熟した江戸文化を浮き彫りにしている。


 隅田川の川面には、行き交う船がつくる波紋がきらきらと輝いていた。
 一帯には、大身の武士の別邸や、豪商の寮(別荘)が多い。数奇を凝らした庭では、たっぷり雨に濡れた木々の葉が、強い陽射しを受けて、目にも鮮やかな緑を照り返していた。
 雨が上がったとはいえ、隅田川沿いの道はまだぬかるんでいる。
 いったん水たまりをよけた美成が、右手の寺を示し、
「ここが桜餅で有名な長命寺。中野石翁の別邸までもうすぐだ。ところで、長命寺の門番だった山本新六という男が、落ち葉掃除をしながら桜餅を思いついたといわれている。享保二年(一七一七)に山本屋を創業して、桜餅を売り出した。これから述べるのは、文政八年(一八二五)八月一日に開かれた第八回兎園会で、輪池堂さん、つまり屋代弘賢という国学者が披露した『隅田川桜餅』という話だが」

中野(播磨守)石翁は、かつて将軍・家斉の御側御用取次つとめた寵臣で、隠居して石翁と名乗ってからも影響力をもっていた。 

豊島屋の白酒(としまやのしろざけ)】
都筑道夫さんというと、『猫の舌に釘を打て』や『三重露出』、『キリオンスレイの生活と推理』などの作品で、少し古い推理小説ファンには、よく知られている作家。私自身、たいへん影響を受けた、センセーでもある。

その都筑さんが、作品の舞台を江戸に置いたのが、『なめくじ長屋捕物さわぎ』シリーズ。作者得意の〝論理のアクロバット〟といわれる、奇想天外なシチュエーションと、論理的な謎解き、さまざまな実験的な試みが味わえる、贅沢な時代ミステリだ。

かつては、砂絵のセンセーの鮮やかな事件解決能力や、なめくじ長屋の面々のチームプレーに魅せられ、巣乱(すらむ)、脱奴(ぬーど)、破落窟(ばらっく)などの文中での創作当て字の面白さに目がいったが、久々に読み直してみると、江戸の風俗や暮らしのきめ細かい描写に感心してしまった。


 二月の末には、神田鎌倉河岸の豊島屋という酒屋で、雛祭用の白酒を売りはじめる。この白酒は、将軍さまも召しあがるというので、近郷近在からも買いにくるから、店さきは戦場のような騒ぎだ。酒醤油相休申候(さけしょうゆあいやすみもうしそろ)という大きな看板を立てて、臨時に入り口と出口をもうけ、行列した客を流れ作業でさばいていく。あまりの混雑に目をまわす客が、かならず出るので、気つけ薬をかかえた医者が控えている。次つぎにあいた白酒の樽を、前の堀ばたに積んでいく列が、夜ふけまでには、神田橋御門のきわまで達した、というくらいだ。だから五つ――午後八時には高張堤燈をつらねて、昼のような店さきは、まだごったがえしていたが、おなじ神田でも反対がわの浅草御門ぎわ、橋本町のなめくじ長屋となると、もうまっくらな家が多かった。

この豊島屋の白酒は、江戸の風物詩の一つで、『江戸名所図会』でも、「鎌倉町豊島屋酒店、白酒を商ふ図」という絵入りで紹介されている。また、佐伯泰英さんが、この豊島屋の看板娘しほら四人の若者を主人公とした、『鎌倉河岸捕物控』シリーズ(「橘花の仇」、「政次、奔る」、「御金座破り」など)を書かれている。

(2004.03.15 理流)

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